医療機関における障害者雇用への取り組み

発達障害(知的障害を含む。以下同じ。)のある者にとって、医療機関とはどのような所だろうか。病気や怪我で医療機関を受診した経験は誰しもあるだろうが、その時の印象はどのようなものであったか。何をされるか分からず怖かったという者もいるだろうし、看護師が優しくしてくれて嬉しかったという者もいるだろう。このように患者として医療機関を利用するだけでなく、発達障害を持ちながら医療機関で働いている者も少なからずいる。「医療機関は医師や看護師などの専門職が働く職場だ」、「障害のある者にできる仕事などない」といった声も聞こえてきそうである。しかしながら、医療機関には障害のあるスタッフができる仕事が実はたくさん存在する。障害者雇用を積極的に進めている医療機関では、特定の業務に限らず、院内の様々な部門から仕事を切り出している。実際に発達障害のある者が従事している仕事は、「事務系の業務」と「医療系の業務」に分けられる。

「事務系の業務」には、医療以外の他の産業とも共通するものが多い。例えば、郵便物を部門ごと仕分けて配達したり、郵便物の発送、文書や文具等の院内各部門への搬送、文書やデータの入力、資料のコピーや封入、紹介状等のスキャンニング、部署印の押印といった仕事がある。このほか、カルテ庫の文書整理、廃棄文書の回収、シュレッダー処理、会議室の設営と清掃、敷地内の植栽の管理、敷地内外の清掃などが行われている。

「医療系の業務」は、まさに医療機関ならではの業務であって、仕事の種類も量も相当なものが院内にはある。この分野の職域をどれだけ開発できるかが、医療機関の障害者雇用を進める上での鍵となっている。看護部門には、病棟のベッド清掃や消毒、ベッドメイク、ストレッチャー・点滴台・車椅子の清掃、ラウンジ清掃などの仕事がある。手術室の清掃や内視鏡の洗浄といった高度な作業に従事している者もいる。看護部門の仕事の中には、看護師が仕事しやすいよう事前の準備作業を行うものもある。点滴の注射針を固定するテープカットの仕事の需要は多く、注射器や薬剤の入ったパックを一つ一つに切り離す作業、処置セットの袋詰め、シートや袋の折り畳み作業など、様々な軽作業がある。個々の仕事量は必ずしも多くないため、午前中はベッド清掃で午後はテープカットなど、時間帯により様々な仕事をこなしている。

薬剤部門では、薬品への注意事項のシール貼り、処方箋や薬剤伝票の整理、薬剤カートの運搬、空き箱のバーコード読み取りなど、様々な仕事がある。こだわりのある特性を生かして、薬剤用ろ紙に細かく折りを入れる作業を丁寧にこなす者もいる。検査部門では、計量カップへのシール貼り、キャンセルされた未使用のアンプルのシールはがし、病理標本の並べ替えなどの業務がある。人間ドック部門では、受診者に送付する検査キットや問診票等の封入やデータ入力などの仕事に従事している。リハビリ部門では、作業療法のためのテーブルや椅子出し、リハビリ用具や材料の準備などの仕事もある。

発達障害のあるスタッフには、一般の職員と同じ仕事の処理が難しい場合もあるため、業務を比較的単純な作業に再編成する「仕事の切り出し」が必要となることが多い。障害者雇用が進んでいる医療機関では、障害のあるスタッフの仕事を切り出す過程で、業務の見直し・再編が進み、全体として業務の効率化が進む傾向がある。医療機関では看護師や薬剤師等の多くの専門職が働いているが、専門職が毎日行う仕事の中には、国家資格を有する職員が行う必要のないものも含まれている。障害者雇用を進めることで、こうした作業から専門職を解放できれば、国家資格を活かす業務に専念できるため、結果として障害者雇用が専門職種から歓迎される現象も生じている。障害者雇用によって業務の効率化が進み、職場の働く環境が改善されれば、職員の満足度も高まり、看護師等の離職も減り、新たな人材確保もしやすくなるという経営上のメリットも認識されてきた。

こうした効果を得るには、障害のあるスタッフの特性と、従事する仕事の内容やスタッフを受け入れる職場の体制を見極めた、個別のマッチングが不可欠である。そのため医療機関では、障害の特性や配慮の方法を学んだり、採用前の職場実習やジョブコーチ支援を受けるなど、外部の就業支援機関のサポートを適宜活用している。特に、障害のあるスタッフを受け入れる現場において、採用候補者に予め職場実習を受けてもらうことは、仕事との適性を確認できるだけでなく、受け入れ側の理解を深める意味でも効果的である。働くスタッフの側でも、仕事や職場が自分に合ったものか事前に確認できるため、職場定着につながりやすい面がある。外部の就業支援機関は、仕事の切り出し、分かりやすい作業手順の作成、業務に即した人材捜し、職場実習での確認、仕事習得や職場定着等の支援のほか、就業継続が困難な場合の退職支援も行うため、支援機関のサポートを受けていることを採用条件にする医療機関もある。仕事のストレスが体調に影響したり、日常生活の変化が仕事に影響するなど、就業面と生活面は裏表の関係にあることから、地域の中に就業面と生活面の両方を支える体制が構築されると、医療機関としても雇用を進めやすい。

医療機関の仕事には、各病院で基本的な違いはないため、ある病院で障害のあるスタッフが力を発揮できた業務は、他の病院でも同じように切り出すことが可能である。この点は、他の産業分野とは異なる医療分野の特徴であり、成功事例を医療機関間で共有することにより、障害のあるスタッフの職域を広げることができる。先進事例に学びながら新たなモデル事例を作り出し、情報発信する医療機関が増えていけば、医療現場の障害者雇用が大きく前進することも期待できる。具体的な雇用事例は、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」のホームページ(http://medi-em.net/)に掲載されているので、こうした事例を参考にして、障害者雇用が進んでいない医療機関に働きかけることも効果的と思われる。

【発達障害白書2016年版から】