「健康経営」を実現するための障害者雇用という視点

従業員の健康の保持増進に向けた取組を積極的に行う企業では、長期的に見ると経営のパフォーマンスも良好であるということが、最近の国内外の研究で明らかになってきました。こうした研究成果を受け、従業員の健康の保持増進に向けたコストを、企業の収益性等を高めるための投資と位置づけ、経営的視点から健康管理を戦略的に実践することの大切さが指摘されています。キーワードは「健康経営」であり、厚生労働省の推進する「データヘルス」と経済産業省が推進する「健康経営」を車の両輪として、国民の健康づくりを進める動きが活発化しています。平成27年7月には、経済団体、地方公共団体、医療団体、医療保険者等の幅広い関係者が結集して「日本健康会議」が設立され、「健康経営」に積極的に取り組む法人を「健康経営優良法人」として認定する制度もスタートしました。初年度となる健康経営優良法人2017は、大規模法人235社、中小規模法人318社が認定を受けましたが、健康経営優良法人2022の認定法人数は、大規模法人2,297 社、中小規模法人12,771社へと急増しています。

認定を受けるメリットには、金融機関融資や公共調達での優遇なども一部ありますが、最大のメリットは法人のイメージアップで、実際に認定を受けた法人からは採用活動場面でのメリットが想像以上に大きかったという声が寄せられています。同業他社の認定が刺激となり、認定取得を目指す法人も増加しているので、これからは「健康経営」という言葉を聞く機会も増えてくるでしょう。ちなみに認定対象となる法人は、民間企業に限らず、医療法人や社会福祉法人等も含まれます。「健康経営」の概念が普及している米国では、全米病院協会が健康経営についての勧告を出しており、その中では病院が健康経営についてのコミュニティのロールモデルになるべきと呼びかけているほどです。

(資料)健康経営に関する全米病院協会報告書の勧告

「健康経営優良法人」の認定基準には、健康診査の受診率などとともに、メンタルヘルス関係の項目が多く含まれています。健康を損なうことによる損失として、医療費や病気休職(アブセンティーイズム)に伴う費用だけでなく、出勤はしても生産性が低下した状態(プレゼンティーイズム)にも目が向けられたことが背景にあります。メンタル面での不調が影響するプレゼンティーイズムが損失全体の4分の3を占めていることからも、職場のメンタルヘルス環境を改善することで、企業の生産性が向上し、企業の成長が実現するという「健康経営」の好循環が読み取れます。

障害者雇用の現場では、精神障害者が法定雇用率の算定基礎に加わるなど、平成30年の制度改正の影響への関心が高まっていますが、これをコンプライアンス問題という受け身の対応に留めず、「健康経営」と関連付けてみる視点も必要でしょう。その参考となるものに、「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方法に関する研究」(2016年3月:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター)があります。この調査では、メンタルヘルス不調により1か月以上継続して仕事を休んだ社員が職場に復帰しているかどうか、復帰した場合に安定的に働き続けられているかどうかを2,000社のデータで分析した結果、障害者を雇用している事業所ではメンタル不調の休職者が職場復帰後に安定的に働けている割合が高いことが確認されました。すなわち、障害者雇用を進めることにより、「健康経営」に重要な「職場のメンタルヘルス環境の改善」が実現できることが明らかになったわけです。

(資料)「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方法に関する研究」(2016年3月)

残念ながら、現在の「健康経営優良法人」の認定基準には、障害者雇用について直接触れた部分はありませんが、障害者雇用を進めることで職場のメンタルヘルス環境が改善されることは、障害者雇用を進めた多くの事業所が実感されていることでしょう。

「元気な挨拶で職場が明るくなり、職場のコミュニケーションも改善し、風通しの良い職場となった」

「仕事に対する真面目な姿勢を見て、職場の同僚の働く姿勢も変わった」

「仕事の切り出しで業務の効率化も進み、役割分担ができて同僚の自己効力感も高まった」

「各人のできる部分に目が向くようになり、多様性を受け入れる文化が自然に形作れた」

といった声は、障害者雇用に取り組んでいる事業所から日常的に聴かれてきたことです。

障害者雇用を進めることで職場のメンタルヘルス環境が改善されることは、障害者雇用を進めた事業所の経験知とも言えるものです。そのことをエビデンスとして整理し、積極的に発信していくことは、障害者の就業支援を担う機関が果たすべき大切な役割の一つでしょう。

(資料)職場のメンタルヘルス環境を示す計測可能な指標について(経済産業省への提言)

(参考1)健康経営優良法人認定制度(経済産業省ホームページ)

(参考2)健康経営優良法人2022(大規模法人部門)認定法人一覧

(参考3)健康経営優良法人2022(中小規模法人部門)認定法人一覧

(参考4)健康経営優良法人2022(大規模法人部門)認定要件

(参考5)健康経営優良法人2022(中小規模法人部門)認定要件